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合気道開祖との遭遇

この間つぶやいたマスターズ世界大会で2回優勝している69歳の柔道家とは別の方で、家に来ている患者で74歳の元柔道家の話です。

この方はマナウス在住で、15歳から25歳まで日本の横浜で柔道に青春を燃やしたそうです。
当時、身長178センチ体重78キロ。
ウエトトレーニングはせず、柔道のハードな猛稽古で鍛えていたそうです。

しかし、喧嘩神輿の半分(半分を12~14人ぐらいで担ぐそうです)を一人で担いで、相手の神輿に負けないほど力には自信が有ったらしいです。

鎌倉の相撲の奉納試合なども飛び込みで出て、5人抜きで優勝したり柔道も試合で強かったとのことです。

詳しくは聞けなかったのでどのレベルでの試合で強いかは解りませんが、横浜で敵なしだったそうです。

今から54年ほど前この方が20歳の天狗に成っていた時、植芝翁は力道山より強いらしいとの噂を聞き、東京の有楽町に友達と道場破りに行きました。

意外にも当時既に高齢だった植芝開組が直接相手をしてもらえることとなり、その方が飛びつきつかみかかろうとした刹那・・・・・

胸をポンと突かれて腰が抜けて尻餅を着いたそうです。
あっけない勝負でしたが、それで到底敵わないと悟ったらしいです。
これが胸ではなく顔面だったら鼻を砕かれていた事が想像できたとの事でした。


「当時の合気道は、柔道とは別種の厳しく強い武術だった」とその方は言っていました。

ちなみに澤井先生の噂も当時日本で噂を聞いたことが有るそうです。

又、木村雅彦が力道山にやられたシーンもタイムリーで見ていたらしく、なにか呆気なくヤラレていて「あれ?」と思ったそうです。
それについては「力道山が木村政彦を騙して試合を進め、不意打ちで勝ったらしいですよ」と言ったら「なるほど」と合点がいった様でした。

又、サンパウロにいる沖縄拳法の使い手も合気道の様な座行での稽古をしていたとの事でした。

まさかそんな生き証人に会えるとはマナウスに来た甲斐がほんの少し感じられた話です。

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